モンゴルでは「女性が社会になっていた」

僕は現在、モンゴル国立大学(通称MUIS)でモンゴル語を勉強中なのですが、そこでモンゴルならでは?の現象に遭遇しました。
それは、女性がめちゃくちゃ多いということです。
大学の中は右も左も女性ばかりで、視界に男が存在しないこともあります。
ざっくり見たところ、学生の比率は女性が7割〜8割ぐらいにもなるでしょうか。

このような状況になっているモンゴルについて今回は考えてみようと思います。

女性は高学歴を求められる

モンゴルでは「男は力仕事でもなんでも出来るから大丈夫だけど、女性は力仕事が出来ないので学歴をつけよう」という考え方が主流です。
このため、女性は学歴をつけなければならないという社会的な考え方が存在します。

又、出産や育児に関しても、女性が働きやすい土俵があります。
女性が妊娠して出産すると、生まれた子供の面倒はおばあさんや家族が面倒を見るというのが慣例になっているようです。
このため女性は子供を生んでもまたすぐに仕事に復帰できるし、学業も継続して行うことが出来ます。(中には、生まれた赤ちゃんが1歳になったかぐらいで外国へ留学する親もいるのだとか)
社会的にも、生まれた子供はおばあちゃんや家族が面倒を見るという考え方により女性が仕事を長期離脱してしまう可能性が無いため、仕事への影響も最小限になっているのだと思います。
現に銀行・商店・飲食店など、私が利用するようなところのほとんどで女性が働いていました。

おそらくモンゴルでは、出産や育児といった継続的に働くことを妨げてしまう女性特有の状況を、最小限に抑える社会的な仕組みが過去に必要とされた(又は部族社会により自然に出来上がった)ことが、現在のモンゴルで女性が働く環境が整っている状況を生んでいるのでしょう。

落ちこぼれる男たち

じゃあ男はいったい何をしているのでしょうか?
現在のモンゴルで男は残念ながら、高学歴でバリバリ仕事もこなす女性の影に完全に埋もれてしまってしまっています。
大学での男性の割合が少ないのもそうですが、ウランバートルを歩いていてもすれ違う男の半分ぐらい三割ぐらいは、なんだかよくない感じの人たちだった印象があります。もちろん、たまにスーツを着て大きな身体でいかにも仕事が出来そうな男もいます。でも同じぐらい仕事が出来そうな感じの女性はその3倍はいました。(個人的な感覚)
残念ながら、会社組織の中で正社員の女性と男の割合や、管理職の割合までは不明ですが、町行く人々を見ていると、そこでも女性優位は変わらないのではないかと思われます。

モンゴルの男は飲んだくれのバカばかり

このフレーズを残念ながら色々なところで耳にします。
どこで見たり聞いたりしたのか忘れてしまったぐらいよく出てきます。
モンゴルでこの言葉は「日本人は勤勉だ」ぐらいメジャーなフレーズでしょうか(失礼)

現にモンゴルでは今、おちぶれた男達が外国人排斥の急先鋒として、ウランバートルを徘徊しています。
また治安にかんすることは別のところで書きますが、ウランバートルでは急激に治安が悪化してきているようです。
僕も実際、スリの現場を目撃しましたし(失敗していましたが)、日本人3人でご飯を食べているときに「お前達は中国人か韓国人か」と酔っぱらいのモンゴル人に絡まれたこともあります。(店員が追い払ってくれました)

誇りと現実に押しつぶされる男達

多分このような状態になっているのはそれなりの理由があるはずです。一度は世界一の騎馬民族として闘ったモンゴルの男達が決して、「元々堕落していたバカな酒飲み」なわけではないと思います。

モンゴルでは昔から男達は「放牧・屠殺・狩り」等のような力仕事を主業務としてやってきました。このため女性と違って学歴をつけなければならない目立った理由もなく、モンゴルの伝統的な考え方によってもおそらく「男が学校に行くぐらいなら家業を手伝え!」といったような事が最近まで言われていたのではないかと推察します。

また遊牧生活ではお金を得ることが難しいというのもあり、進学のためのお金は全て女性につぎ込むことになって、男性のために捻出することが難しかったという事情もあったに違いありません。

そこでここ数年の急激な経済発展により物価もあがっているモンゴルでは、昔ながらの力仕事をしている男達はなかなか賃金もあがらないため、相対的に苦しい生活へと落ち込んでいくことになりました。

そして稼ぎを生み出せない男達は、高学歴で働き者の女性によって一家の大黒柱としての立場を奪われ、名実ともに男は何のためにいるのかわからない存在になってしまいひねくれてしまいました。

この最低まで落ち込んでしまった自尊心と世界一の戦士の末裔だという男の誇りが、心に大きな矛盾と崩壊を生み出した末、酒を飲んで暴力をふるうしかねえ!といったところへ着地してしまっているのが、現在の状況だと思います。

明るい兆し

働いている男は愛想が良い

でも安心してください、明るい兆しもあります。働いている男に出会うことが少ないのもあるかもしれませんが、無愛想な女性に比べて男の方がわからないことはちゃんと教えてくれたり、メニューや料理をテーブルにおくやり方も丁寧な印象です。(といっても外国レベルなので、普通っちゃあ普通です。女性の愛想が悪すぎるだけかもしれません)

落ちた財布を拾って持ち主に返している若者がいた

そして「スリに気をつけろ!」というのが毎日の格言のように出てくるモンゴルで、信じられない光景を目撃しました。

なんと、自分が落とした財布に気づかずにどんどん歩いて去っていく人に対して、落ちている財布をわざわざ拾って返しにいってあげている若者がいました!

毎日スリに戦々恐々としていた自分にとって、それは驚くべき出来事でした。

少なからず学校に通う若者の間では、こういった先進国と呼ばれるには不可欠であるモラルという概念が浸透してきているのかもしれません。

(もしかしたら昔からモラルはあったけど、最近の経済成長で一時的に失っているだけなのかも)

バスでのマナーは日本よりちゃんとしている

どこのガイドブックにも、「バスはスリに注意」と死ぬほど書かれている悪名高きモンゴルのバスですが、ここでも意外な一面をみることができました。

老人がバスに乗ってきたら、混んでいて身動きがとれない状況でも、「ここへきて座れ!」と大声で手招きして席を譲ってあげている人がいました。

また、「子供は大人に席を譲らなければならない」という決まり事のようなものもあります。バスが満員で子供が座っていたら「席を変われ」と言われて子供は立つ事を(強制?)要求されます。

でも子供にとってバスは厳しいだけではありません。一つの席で、大人の股のところに知らない子供を座らせてあげたりしている光景もよく見ました。

「子供は一人前じゃない」 という考え方が、一人分の席を占有しないということに繋がっているのだと思います。

まとめ

例え、男がこのまま落ちぶれたままであったとしても、女性が国を支えているというこの希有なこの状況が、男性が支える国家よりも大きな可能性を秘めていることはあると思います。強い女性によって引っ張られる国家は、男性国家とはまた違う成長の仕方をするかもしれません。私はこういう国がどういった方向へ進んで行くのかとても興味があります。

また、男でも働いていたり勉強をしている若い人達には、総じて良い印象を受けました。この人達が社会の中心を構成する年代になれば、モンゴルの不安要素は少なくなって行くと思います。

ただ、変化に適応できないおじさん達の働く場所を生み出せるかが、今後10年ぐらいのモンゴルの明暗を分けることになるとは思うので、資源開発が成功するかが今後の社会不安改善の試金石になるでしょう。

最初にこの記事を書き始めた時は、暗い気持ちでしたが、なんとか良い感じに終われそうで良かったです!

ではまた。