モンゴル時間という病

モンゴルの約束と日本の約束はその持つ意味が全く違う。

日本では「来週の火曜日の7時から飲みに行きましょう」となったら一週間先のことであったとしてもその時間に集まるのは当たり前だ。

しかしモンゴルでの約束は約束ではなく「その日に起こりうる出来事の一つ」という認識になる。要するに何も他に用事が発生しなければ行けるというぐらいの感覚でしかない。

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僕も実際このようなことがあった。

一週間前にスキーに行く約束をしていた時のこと。何人かに声もかけてスキーに行く気まんまんだった時、数日前に確認の電話をしたら「その日は友達に遊びに行こうと言われていてちょっと無理かもしれない。でもその友達から連絡がないからもしかしたらいけるかも」とか言われてビックリしたことがある。

スキーの約束をした時点で予定は空いていたはずなのに、後からの誘いの方が魅力的ならそっちへ平気で移ってしまうのが当たり前のようだ。多分その人は、僕とは違う日にスキーに行けばいいと思ったからなのかもしれないけど、約束という概念が明らかに日本人と異なっていることは間違いない。

またこれは聞いた話だが業務上の契約書とかでも同じような事があって、契約書をかわした後でも他により良い条件が出てくると契約書を破棄(?)してそっちへ移ってしまうようなこともあるらしい。

さらに約束とは少し違うが、色々な人から聞いた話を総合すると男女関係でも似たような考え方のようだ。大学の先生が言ってたことだが現代のモンゴル人の若い男女は彼氏彼女が常にいるのが当たり前で、万が一相手がいない人は少し頭がおかしい人という風に見られるとか。さらに彼氏彼女や結婚していたとしても「そんなの関係ない」という人も少なからずいるようである・・・

確かに町中でも男女が鼻血を出しながら殴り合っている場面を何回か見た事があるので、この手の話が社会問題に発展するのも時間の問題かもしれない。(既に片親の問題は深刻らしい)

上記のような約束・契約・男女間が流動的なのはおそらく狩猟民族ゆえんである部分が多く、おそらくモンゴル人がダメな訳ではない。(悪気は無い分問題は深刻だとも言える)

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遊牧を主な生業としていたその昔、遊牧民同士が「明日のお昼にここで会いましょう」と約束をしたとする。

次の日に約束の場所へ行く場合、そこへ行くための移動手段である馬が必要になる。遊牧民は真冬とかじゃない限りゲルの周囲で遊牧させている事が多く、いつもこの辺りにいるという感覚でしか居場所を把握していない。もし夜間オオカミに馬の群れが襲われていたら、馬が夜の間にとても遠くへ行ってしまっていることもあるそうだ。そうなったら馬を探しに行くのに時間がかかり、間違いなく約束の時間に到着することは不可能になる。そういうことも遊牧民はみんなわかっているので、こなければこないで諦めるのが普通だった。

このように、自然への対応が第一優先である生活をずっとしてきているのもあり、優先順位が2番目になる人間との約束の時間にきっちり行かなければならないという感覚が元々少ないことも、時間を守らない一因であると言える。

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「минут」という言葉がある。

(ミノット)と読むこのモンゴル語は「分」という意味だ。これは英語の{Minute}と同じ意味であり、ロシア語からの外来語である。

そして「時間」は「цаг」でありロシア語は{время}のため、時間はロシア語からの外来語ではない。

時間はモンゴル固有の言葉であり、分は外来語である。ここから導きだせる解は「モンゴルでは分の概念が元々無かったという驚愕の事実だ。

ちなみに30分をあらわす「半分」は「Хагас」という言葉があるため、モンゴルの元々の時間感覚は30分ごとが最小単位だったようである。

この30分ごとの時間感覚は今でも残っていて、モンゴル人と10時に待ち合わせをすると10時〜10時30分までの間に来たらセーフみたいな時間感覚を持っているのをよく感じる。くそ寒い冬空の中で30分も待たされるのは迷惑この上ないことなのだけど、遅れてきても飄々としているから何も言えなくなってしまう・・・

また、モンゴル人に「いつ着くの?」って聞いたらよく「Одоохан!」(オドーハン)「もうすぐ!」と言われる。けれど実際にもうすぐ着くなんていうことはあり得ず、1時間2時間待たされることもざらにあるらしい。なんで着くまでの時間を正確に言わないのかと疑問に思っていたが、「あとどれぐらいで着く」と言ってしまうと悪い事が起こるという考え方があるらしい・・・

これはもう恐るべき迷信である。(失礼)

待ち合わせに遅れてきているだけでも悪いのに、さらにどれぐらいで到着するかという事を言うと悪い事が起きるって、既に相手には時間に遅れられて悪い事が起きているんだからもう全然意味が分からない。この迷信を考えた人は一体何を考えているんだろうか。

チンギスハンが突如光臨してモンゴルの悪い迷信を一掃してくれないだろうかと切に願う。

このようにモンゴルでは時間を守る意識が薄いため、一日の予定を組んだとしてほぼその通りにいくことはまずない。予定通りにいかないのが通常なため、ドミノ倒しのように時間の次にある約束というものも達成することが出来なくなり、全てのピースがバラバラになってしまう。

かくいう我々日本人自身も、モンゴル時間に染められてしまって時間に遅れるのは平気になってしまうし、約束もその日にならないとわからないという姿勢になってしまう。僕は日本人のモンゴル時間化がすごく嫌いだけど、僕自身も遅れたりしているのであまり強くは言えない今日この頃・・・

このように日本人をも染めてしまうぐらいモンゴルでは時間や約束を守らないことは強烈なので、今後経済発展をしていくことが出来るのか、一抹の不安を感じずにはいられない。

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