イチローのお辞儀。
ニューヨークヤンキースに電撃移籍を発表してから数時間後の、ヤンキース対マリナーズ戦にて、イチローがファンに深々をお辞儀をした。
もうほんとに他意が全く無く、打算も保身も、謙虚という言葉から滲む僅かな我が身可愛さでさえ存在しない、純粋な感謝の行動だったように感じた。
なぜ、このタイミングで移籍したのか。
多分イチローがマリナーズから移籍したのは、たくさんの理由があったと思う。
・自分がいくら活躍してもワールドシリーズにかすりもしないチーム。
・自分がいることによって、相対的に若手が活躍する機会を少なくしていること。
・そして、ワールドシリーズに出場して、自らが所属するチームで優勝したいという、野球人なら誰でも夢みる目標への想い・・・
他にもいっぱいあるだろうが、列挙するのはやめておく。
どんな理由があるにせよ、突然の電撃移籍という形で、マリナーズファンの期待を裏切ったのは事実であるのは間違いない。
多分本人は、移籍を決断し発表してからマリナーズ戦に出るまで、ファンを裏切ってしまったということを、一番気にしていたのではないだろうか。
僕は、あの記者会見の涙は、そのことのみを語っているように感じた。
そして、発表から数時間後。
ヤンキースとしての初出場が、のマリナーズ戦。
イチローは打席に立つまで、すごく緊張していたと思う。
ヤンキースファンはもとより、マリナーズファンが、自分がヤンキースへ行くことを果たして受け入れてくれるのだろうか。
初打席に立つ時は、マリナーズファンからのブーイングも覚悟したに違いない。
試合開始数時間前の発表だったので、球場に着いて始めて知ったファンも多いはずだ。
中にはもちろん、マリナーズのイチローを応援しようと、観にきたファンも大勢いたと思う。
それでも、イチローが初打席に立ったとき、ヤンキースファンもマリナーズファンも総立ちになり、大きくてあたたかい拍手で迎えてくれた。
「ああやって送り出してもらったこと。あれがすべて。あの声援によって、ここでのプレーを完結させてもらった」イチロー
球場にいる全てのファンに拍手によって承認されたそのときイチローは、反射的に無意識的に「お辞儀」という姿勢で応えた。
打算や保身や謙虚という僅かな自己愛でさえ、全く余計な物が入る余地の無いただそこに存在するお辞儀という行為。
イチローの頭の先からファンの全ての人へむかって、「感謝の気持ち」が閃光のように放たれていたと思う。
あのような無私のお辞儀を僕は経験したことがないし、実際にみたことも無い。
しかし本当にあのような、「感謝」のみを純粋に表現したお辞儀がこの世に存在するのだ、ということを僕に気づかせてくれた。
あのような空間を共有することができる野球というものは、やっぱりすごいスポーツである。