龍は実在した

ひと昔前まで、中国では「龍」が実在したかもしれない、という話を聞いたことがある。
あの龍が本当に空を飛んでいたなんて、信じれるだろうか。

blog_import_521caa9cd65f2

とりあえず、龍についてぐぐってみた。

「竜は神獣・霊獣であり、麒麟・鳳凰・霊亀とともに四霊のひとつとして扱われる。『史記』における劉邦出生伝説をはじめとして、中国では皇帝のシンボルとして扱われた。
十二支に各々動物が当てはめられた際、唯一採用された伝説上の生物である。
なぜ辰だけが想像上の動物になったのかは未だに議論の的であり、定説がない。」Wikipedia

上記をまとめると龍とは・・・

・神獣
・皇帝のシンボル
・十二支の中の一匹

十二支の動物は子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥と、辰を除いて全てこの世に存在する生き物である。
その中で龍は唯一、伝説上の動物である。
なぜ龍だけが伝説上の動物で、十二支に数えられたのだろうか。

実は龍がその昔存在していたのではないか、という仮説もある。
(「恐竜の骨を龍と勘違いした」ということらしいが・・。)

僕も独自にその理由を考えてみた。

そこで思いついたのが、「龍」は生き物ではなくて「何かの考え方」だったのではないか、ということ。

中国には「龍門」という地名がある。
そこは河水の流れが急なところで、「龍門を越えたら龍になれる」という伝説もあるようだ。(北方史記)

中国は昔から、大きな洪水をよく体験してきているところである。
ヒントになったのは、その洪水体験。
その洪水が、「龍」と何か関係はないだろうかと僕は思った。
洪水の象徴としての龍・・・
中国では洪水が起こる度に「龍が怒っておられる><」という恐れの対象として龍という動物を生み出したのではないだろうか。

以上が、さっき北方史記を読んでいて思いついた僕の仮説である。
龍といえば、中国。
中国といえば、洪水(違う?)
いやいや、中国では本当によく洪水が起きている。
ほぼ毎年、中国のどこかで洪水は起きている。
2010年には、10年ぶりの大洪水と言われたのが起こったし
2012年5月にも、「年内に黄河下流で大規模洪水が起きる恐れ」という発表がされている。
そして中国では今だに、定期的に洪水被害に見舞われ続けているのだ。
治水技術の発達した現代でもそうなのだから、戦国時代であった、史記司馬遷の時代は、まさに大河のなすがまま、指を加えて見ているしかできなかったことだろうと思う。

さらに、千年に一度といわれている河水の大氾濫なんかが発生すると、地平の先まで水浸しになり、かつて山だったところが水面上に点々と顔を出してるだけになったりする。(と、楊令伝で書いてあった)
そうなると、人や田畑はもちろん、地形そのものまでをも根こそぎ流してしまい、大河が今までとは全く違うところを流れるようになった、なんてこともあるらしい。(これも、楊令伝だ)
地形を塗り替え、地図をも大きく変えてしまう洪水の力。
しかし、その洪水があるからこそ、土壌がひっくりかえされて、また肥沃な土地が再生される、という利点もある。
自然のなすことは、悪いことばかりではない。
必ずどこかでバランスがとれているものだと思う。

中国では誰がどうあがいても、洪水には勝てなかった。
昔の人々は、洪水に見舞われた時、どのように乗り切ったのか。
ただ呆然と指を加えて見守っていたのか。
天の思し召しであると、自分を納得させたのか。
このどちらが精神的平穏を得れて、その後に生産的な行動へ結びつき易いのかは、容易にわかるだろう。

人は理由が見つかれば乗り越えられる。
乗り越えれない出来事には、何がなんでも理由を見つけようとするはずだ。
その理由付けとしての象徴が「龍」という存在(考え方)だったのではないだろうか。

洪水は、天の思し召しであり、天の子たる皇帝の象徴、「龍」が起こしたことなんだ。
ゆえに、我々凡人には窺い知れない深い考えがあって、洪水は引き起こされたのだ、と。
そう思い込む(思い込ませる)ことで、天変地異を乗り越えたんじゃないだろうか。
これが、龍という存在が「考え方」として存在していたのではないか?
という仮説である。

龍は、世界各地に伝説として存在している。(西洋のドラゴンとか)
たぶん、世界のどこでも、自然災害が起きたのは「龍」のせいだ、とすることで、世の権力者は天変地異から引き起こされる政変、を乗り越えてきたのではないか。(最終的に十三公園前にあるオシャレなバーのオシャレなマスターの考えをパクりました)

龍という生物は、だからこそみんなにとって大切な生き物として、十二支に含まれたのではないだろうか。

スポンサーリンク
広告
広告

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする